■本当は料理をしたかった
独り身は気楽でいい。しかし、困るのは食事だ。レトルトやインスタント食品、スーパー・コンビニの総菜や弁当の食生活では、健康にもよくないし、味気ない。さりとて、外食ばかりを続けたのでは財布に響く。
自ら作るのが最も合理的だとわかっていても、最初の一歩が踏み出せない――そんな男性が料理を覚えることのできる場は、やはりある。
首都圏と京阪地域を中心に17カ所で運営しているベターホームの料理教室には、入門コースをはじめ一部のコースに男性クラスがある。平日朝のその一コマにお邪魔した。
冒頭、講師のデモンストレーションによると、この日のメニューは、ロールキャベツ、きのこといんげんのソテー、白ワインを使ったフルーツのデザート。調理しながら手順を説明し、そののちに受講者が4人1組のグループで実際に調理する。
15名ほどの受講生は、一様に白髪頭を三角巾で覆ったエプロン姿。定年後にこの教室に通い始めた人ばかりだ。説明を聞く間、たまに笑い声はわくものの私語は一切ない。だが、調理に入ると、どのテーブルもにぎやかになる。「この次はどうするんだっけ? 」「さっき聞いたばかりなのに、どっか飛んじゃうんだよね」と顔を見合わせて笑い合い、レシピの余白のメモをのぞき込む。
通い始めて1年半から2年、なかには3年目という人もいた。コースは月1回で半年間だが、継続して受講したり、ほかのコースと掛け持ちで受講する人も多い。
「『男子厨房に入らず』といわれるけれど、本当は料理をしたかった」とはEさん。「でも現役中は時間がとれなかった」という。「料理を通じて、知らなかったことをいろいろ学べるのが楽しい」というのはOさん。「料理はほとんどしたことがなかったけれど、今は週に2回程度は作るようになりました」。ちなみに同教室を1年間受講したシニア男性200人弱から取ったアンケートでは、「覚えてよかったメニュー」ベスト3は順にハンバーグ、麻婆豆腐、肉じゃがだという。
■キッチンで棒立ちの定年男が大変身
おっかなびっくりで始めてみたら、意外に面白かったという反応が多い。「妻に背中を押されて通い始めた」という人もいる。そこには、お昼くらいは自分で作ってほしいという働く妻の意向も働いている。
「最初は棒立ち。説明されても、何をしていいのか、何から手をつければいいのかわからないという方も少なくありません」とは、講師の安川久美子さん。彼女が講師を始めた17年前は、何かしら料理の経験があり、基礎的なことは知っている人がほとんどだったが、“ゼロ”からの受講生が「男女を問わず、ある時期から急に増えました」。スーパーの食品売り場のどこに何があるかも知らない定年男性受講生さえいるという。
「初めは戸惑っていても、皆さんメキメキ上達していきますよ。長く会社で仕事をしてきたからでしょうね」と安川さん。実は、料理は少し先を読んで段取りを組めるようになると、上達が早いという。会社での仕事も、進捗や場面に応じた段取りが大切だ。その共通性に気づくと、どんどん面白くなっていくようだ。
「同じクラスやテーブルの受講者同士でゴルフの約束をしたり、受講後に一緒に飲みに行く方々もいます」
料理を覚えることは、金銭的な合理性以上に、おひとり様生活をより豊かにする手立てである。やはり、男子は厨房に入らねばなるまい。
■▼シニア男性が「覚えてよかった」手料理ベスト3
■▼麻婆豆腐
■▼肉じゃが
ライター 高橋 盛男 撮影=永井 浩
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