厨房に立つ小林の左手首で時を刻むのは、初代ロイヤル オークの復刻モデル「“ジャンボ” エクストラ シン」。1972 年に誕生し、サイズもデザインも革新的だったステンレス製ラグジュアリースポーツウォッチは、50年近く経ったいまも不滅の人気を誇る。
「誕生当時に革新と呼ばれたものが、いまはクラシックとして愛される。そういう料理が一品でもできたら、幸せな料理人だと言える。そんな思いを込めて、1つ星時代に購入した時計です」
2つ星を獲得した頃に出合ったのが、前ページの「ダブル バランス」だ。 ふたつのテンプが連動して精度を上げる姿は、従業員を育て、一緒に前進していくレストランの姿に重なった。
料理を始めて28年。「いまよりおいしく」を目指し、常に走り続けてきた。 「自分の時間は絶対に無駄にしない。 いま3つ星を取れたのは、28年間のすべてのおかげだと思っています」
だが、今年初めの3つ星獲得からわずか1カ月余り、コロナ禍を受けフランス全土でレストランが休業となった。小林も厨房に立てない日が続いた。
「その時間をなにに使うか。悔しがるより、3カ月でいろいろできる、と考える。いままでずっと走り続けてきたので、時計でいうならメンテナンスをしよう、と思いました」
これまで使ってきた食材を一から見直し、料理本を読み返し、料理人としての自分を見つめた。6月の再開以来、店は連日満席が続いている。
「家庭でも食事はつくれます。でも外出禁止令で、やっぱりレストランに行きたい、とみんなが思った。それはレストランとは『体験』だからです。いい料理、いいサービス、いい空間で食事をし、いい時間が共有できれば、レストランは本当のシアターになる」
ゲストに提供するのは料理ではなく時間だ、と小林は言う。
「重要なのは、お客さんにどんな時間を過ごしてもらうかということ。喜びを分かち合うこと、それがガストロノミーだと思います」
※Pen 2020年12月1日号 No.508(11月16日発売)より転載
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