必要なのは端末使用の学習効果の分析
──OECD(経済協力開発機構)が行っているPISA(国際学習到達度調査)2018では、日本で教育のICT活用が進んでいない現状が浮き彫りになりました。GIGAスクール構想により20年度、小中学校に1人1台端末が整備されたことで変化はありましたか?
PISA2018では、日本の子どもたちはスマホなどのICT機器に触れてはいるものの、ゲームやチャットで利用しており、宿題など学習に使用する頻度はOECD加盟国の中で最下位でした。そこでGIGAスクール構想による端末整備を進めてきましたが、22年度「全国学力・学習状況調査」の質問紙調査で聞いた使用実態を見てみると、児童生徒が授業でICT機器を週1回以上使っている小学校は19年の30.7%から83.3%、中学校は31.4%から80.7%と、いずれも倍増しています。
ただ、端末の使用機会は増えていますが、それが学習の定着や意欲喚起にどう影響しているか、明確なデータはまだありません。活用を促すためにも、目に見える成果を先生や保護者に実感してもらうことが必要で、今後はICT機器の使用効果について調査の分析などで把握していきたいと考えています。
──新型コロナウイルスの感染拡大により、当初の予定より3年前倒してGIGAスクール構想が実施されました。文部科学省としては現状をどのように捉えていますか?
自治体も学校も苦労しながらさまざまな取り組みをされているのが現状です。その一方で、非常時にも学びを止めない準備が進んでいるというデータもあります。22年1月の調査では、小中学校ともに95.2%の公立学校が、端末の持ち帰りの準備ができていると回答しています。コロナ禍でも、端末を活用することで学習を止めないようにしようという意識が確実に広がっていますし、取り組みも進んでいます。
GIGAスクール運営支援センター設置で地域差解消を
──授業において端末の活用を進めていくにはどんな課題があるのでしょうか。
課題は山積しています。1つ目は、教科書・教材をどう整備していくか。端末は配られても、ソフトの整備はまだまだです。教科書は教育機会均等の最大のツールですし、無償です。その教科書のデジタル化をどう進めていくのか、議論の最中です。1人に1台端末があるので教科書をデジタル化する方向性はありますが、紙の効用も当然あります。紙媒体とデジタルのハイブリッドを求める中で、教科書を使った学習をどうするか検討中です。また、デジタル教科書普及の費用を誰が持つのかという点も課題です。われわれも財政支援をしながら整備を進めていきます。
2つ目は、指導方法の普及も課題です。子どもには「1人1台端末」が整備されたものの、教員用の端末整備の状況については地域差があります。そこをまずは解消する必要がありますし、デジタル教科書・教材が現場に普及し、教材ごとにパスワードを入れるとなると授業に支障が出かねず、一度の入力で複数のアプリケーションが使えるシングルサインオンの仕組みなども重要ですね。
3つ目は通信環境です。文科省では毎年、全国学力・学習状況調査を実施していますが、23年度は中学3年生を対象に英語のスピーキングも調査します。「1人1台端末」を使って実施する予定ですが、通信環境は自治体や学校によってまちまちです。
今後、デジタル教科書・教材が普及すれば、全国で約3万校が一斉に端末を使用して通信を行うことになりますから、学校内だけでなく日本全国の通信環境に影響する懸念もあります。全クラスが一斉に使っても問題ないという埼玉県戸田市や茨城県つくば市のような先進的な自治体もありますので、そうした事例を参考にしながら、デジタル庁とも連携していきたいと思っています。
授業における端末の活用では「自治体も学校も苦労しながらさまざまな取り組みをしているが課題は山積している」と話す伯井氏
また、端末の持ち帰りも課題です。逡巡している理由の1つが費用です。どんどん持ち帰ってもらい、家庭での通信料も市がある程度負担するという熊本市の例もありますが、フィルタリングにもお金がかかりますし、充電のために持ち帰らせて保護者からクレームが来たという自治体もあります。端末を使った新たな学びのために、文科省としてもガイドラインや先進事例の普及、横展開に取り組んでいます。
ICT環境の整備は進んでいるものの、授業で活用している学校の割合を都道府県別に見てみると、地域差が顕著です。義務教育において、地域間格差やばらつきがあってはなりません。そこで、「GIGAスクール運営支援センター整備事業」の活用を全国で推進しています。ヘルプデスクだけではなく、教師、事務職員、ICT支援人材の研修なども可能となっており、授業の向上のためにも活用いただけるというものです。そのための予算を来年度はさらに増やす予定です。
感覚と経験値だけではなくデータ活用して次を探り出す
──22年1月には、デジタル庁、総務省、文科省、経済産業省による「教育データ利活用ロードマップ」が公表されましたね。
文科省だけでできないものは省庁横断で進めなければなりません。「教育データ利活用ロードマップ」で目指すのは、教育データの利活用による効果的な学びの支援です。学習履歴、児童生徒の行動を分析し、学習指導に活用するだけではなく、匿名化したうえで自治体を超えて学術的にビッグデータを活用できればと考えています。例えば、「この教科のこの部分でつまずきやすい」とわかれば、指導方法の改善にもつながります。これまでは感覚と経験値によるものが多かったのですが、データを活用して数値化し分析することで次の行動を探り出すことが可能になると思っています。
──教育データの利活用は、学習以外でも進んでいくのでしょうか?
家庭との連絡や学習評価など、校務のDX(デジタルトランスフォーメーション)が進めば省力化が可能になり、教員の働き方改革につながります。
最近、私が訪問した学校では、コロナ禍の対応として毎朝、子どもの体温測定の結果を担任の先生が記録し、養護教諭の先生がまとめて校長に報告していました。これをパソコンやスマホでフォームに入力するなどして各家庭からデータで送ってもらえば、学校で瞬時に一覧できますよね。こうした校務の省力化ができる部分はかなりありますし、事務作業の迅速化につながります。今後はデジタル庁とも連携しながら、次世代の校務デジタル化に関する実証研究を行ってモデルケースを作っていきたいと考えています。
どうなる給特法?「4%の教職調整額と実態」の乖離の把握から
──教員の働き方改革についてはいかがでしょうか。17年に中央教育審議会で働き方改革の総合的な方策が取りまとめられました。19年には文科省「公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン」が公表され、各自治体や各学校での取り組みを促進しています。現状をどう捉えていますか?
文科省では公立学校の教師の働き方改革を待ったなしの最重要課題と捉え、あらゆる手を講じています。その1つとして、子ども1人当たりの教員数を増やすための定数改善、教員業務支援員をはじめとする支援スタッフの充実などを進めています。
ICTの活用による効率化も進めていますが、小学校は全教科を担当している難しさ、中学校は教科単位ではあるものの、部活指導が働き方改革を進めるうえでは課題となっています。こうした根本にさかのぼった議論をしているところです。
──教員採用試験の倍率は、00年度の13.3倍をピークに低下し、22年度は3.7倍、とくに小学校教員は2.5倍と過去最低を更新しました。
大きな要因として、教員の採用数は一般公務員と違って児童生徒数に左右されるという点が挙げられます。ベビーブームの時期に大量採用された先生の退職に伴う補充のための採用が、近年起こっています。その一方で既卒者が減っているため、とくに小学校では採用倍率が低下しています。
ただ、現状の倍率だけを見ていると道を誤る可能性があります。重要なのは、志の高い優秀な人材を確保すること。当面の方策として、採用試験の早期化や複数回実施など、優秀な人材を早めに確保できる仕組みづくりを進めています。また、特別な経験を加味した特別選考など、志を伴う教員採用の改革も中教審で打ち出しています。
──倍率が低下している理由としては、学校現場の過酷さも挙げられます。長時間勤務の問題については、今後どのように対応していくのでしょうか?
教育環境の整備も必要ですが、問題意識を持って対応しなければいけないのが、公立学校教員の勤務時間制度です。
現在、いわゆる給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)により、公立学校の教員については超勤4項目(校外実習等・修学旅行等の学校行事・職員会議・非常災害時など)のみ超過勤務を命じることができ、時間外勤務手当を出さない代わりに給料月額の4%相当の「教職調整額」を支給する仕組みになっています。しかし、これが現実の実態と乖離しているという指摘があります。
文科省では22年8月より大々的な教員勤務実態調査を実施しており、その結果は23年春に速報値として公表する予定です。その結果をエビデンスとして、給特法の仕組みも含めた検討を行います。そのための論点の整理、課題の抽出を、現在進めています。
給特法の検討はこれからですが、議論の1つのポイントとなるのは4%の教職調整額です。私学の場合、時間外勤務手当で対応していますが、公立学校の教員は地域に密着しているため、時間で割り切れるのかという議論もあります。文科省としては、4%という数字が実態とどれだけ乖離しているのかを把握し、いろいろな選択肢を検討していきます。ただ、現状の追認では納得が得られないでしょう。働き方改革を理想に近づけたうえで、その分を処遇として手当てしていくことが必要です。
教員採用試験の倍率だけを見て一喜一憂はしませんが、こうした処遇改善にかかる措置ができるようにしないと優秀な教員が集まらないのではないかと考えています。人材確保法では、義務教育の水準の維持向上のため、教員の給与を一般公務員よりも優遇することが定められています。
これまで日本の義務教育は高い水準を維持してきました。その根本が揺らぐことは、わが国の教育の危機です。公立学校教員の勤務時間制度と処遇については、全力でやらないといけないと考えています。
伯井美徳(はくい・よしのり)
文部科学審議官
1985年神戸大学法学部卒業後、旧文部省入省。その後、横浜市教育委員会教育長、初等中等教育局教科書課長、同教育課程課長、同財務課長、大臣官房人事課長、大臣官房審議官、大学入試センター理事などを経て2019年高等教育局長、21年初等中等教育局長を経て22年9月より現職
一方で、働き方改革の取り組みは着実に前進しています。19年1月に中教審が取りまとめた方策では、学校及び教師が担う業務の明確化・適正化を促進するため、文科省、教育委員会、学校がそれぞれ取り組むべき内容が提示されています。この考え方がだいぶ浸透してきて、先生が本来の仕事に取り組める時間が増えてきました。
しかし、新たな課題も出てきています。発達に特性を持つ子どもたちへの対応、不登校の児童生徒の増加、外国人労働者の子弟の教育など、新たな課題に対していかに人的な手を打ち、公的な仕組みをつくるか。学校現場は生き物であり、つねに新たな課題が生まれるもの。だからこそ、効率化したり、人的支援をしたりと、文科省も対応していく必要があります。
──最後に、教員や教育委員会といった、さまざまな教育改革を現場で担う方々へのメッセージをお願いいたします。
新学習指導要領という大きな変革がスタートするタイミングでコロナ禍となり、感染防止と学習の継続を両立させるために、学校現場では並々ならぬ努力をしていただいていきました。そのことに対し、文科省として感謝とお礼を言っても語り尽くせません。
「1人1台端末」が整備され、新たなツールを使って個別最適な学びと協働的な学びを一体的に充実させることが、子どもたちの一生涯の成長につながります。そのために、文科省もしっかり支援していきますので、現場においても、新しい学びに向けた積極的な取り組みをお願いいたします。
先生という仕事は、人の一生に関わる極めて重要な職務です。文科省もそれを十分認識して処遇、勤務時間の実態を把握しながら、先生が先生の仕事をしっかりできるよう環境整備に取り組んでいきますので、ご注視ください。
(文:吉田渓、撮影:尾形文繁)
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