最高気温が20度を超えない日もちらほらあった7月の終わり。それほど肌寒くとも、街には夏のバカンスを前にした人々のうれしさが漂い、もはや移動をする際には当たり前となった事前確認のため、PCR検査を実施する施設の前に延びた行列ものどかな雰囲気だった。
そんな空気を感じて、私も夏休み気分を味わいたくなった。普段そんなに食べる機会のない、かつ、熱を帯びた風を感じるような何か。思い浮かんだのは、メキシカンタコスだ。
この1年であらゆる飲食店の営業時間が変動している。目当ての店Café Chilangoも確認してみると、平日は夜のみオープンで、週末は“ブランチ”と称し12時〜15時半のゆったりしたランチタイムを設定しているとわかった。今はテラス席を設置しているのを、すでに何度か前を通りかかって見ていたから、昼下がりの食事は気持ちが良さそうだ。ただ、店があるのはレピュブリック広場=共和国広場から徒歩5分ほどのところ。この広場はあらゆるデモの拠点となる場所で、最近はコロナウイルス感染対策の衛生パス政策に反対するデモが盛んだ。大規模デモが行われるのは大抵、土曜日。日曜日の方が、辺りは穏やかかもしれない。
予想通り、7月最後のその土曜日は激しいデモが展開されたが、日曜に出かけると前日とは打って変わって、街は人出も少なくのんびりとしていた。
店に着くと、通りに面したガラス戸は開け放たれていた。店内にも風が通り心地良さそうだな、と思っていたら、窓際から一つ奥のベストポジションに、先に着いていた友人の姿を見つけた。

週末気分が高まり、ちょっとつまみながら始めて、それからタコスを食べたいなぁと思った。そういえば、前回は前菜を食べなかったのだ。そう思い出してメニューを見ると、前菜にはトトポス(totopos)という料理が2種類書かれている。一つはアボカドとトマトに、赤タマネギとコリアンダーを合わせて作るワカモレ、もう一つは黒小豆のピュレで、いずれもコーンチップスがついてくるらしい。トトポスというのは、コーンチップスを指すそうだ。
アボカドの方が普段も食べる機会があるから、黒小豆を頼むことにした。それに、リブロース肉と骨髄が具のスペシャルとうたわれたタコスと、3種のタコス盛り合わせをメインに取ることに決めて、ドリンクには何かノンアルコールのカクテルがないか聞いてみると、タマリンドを用いたものがあるという。どんな味なのか想像もつかず、それも試すことにした。

隣のテーブルにはスペイン語を話す若い女性が2人座っていて、とても楽しそうだ。カウンターの端ではフローズン・マルガリータの入ったミキサーが回っていて、ほとんどのテーブルでオーダーしているように思える。
私たちのテーブルにも、トトポスが運ばれてきた。リクエストしたチリソースも添えられて。写真を撮っていると、ちょうどのタイミングでドリンクも出てきて、こちらは茶色く濁っている。これは見たことのない飲み物だ。

早速、口に含むと、何かシロップを入れているのだろう甘みはあるものの、程よい甘さでクドさはない。飲み込んだ後には、口の中がすっきりとした。清涼感はないのに、なんだろう? ドリンクからいきなり初体験の味わいで、途端にワクワクしてきた。うれしいなぁと思いながら、チップスに手を伸ばす。

「うわっ! このチップスおいしい!」。思わず声に出した。友人も、「うん、おいしい」とうなずいている。チップスは、しっかりとした厚みで香ばしい。最初に噛(か)んだ時の感触はバリッと力強いのに、一度噛み砕かれた破片の食感はサクサクと軽やか。それほど塩味はついておらず、具をのせて味が成り立つような塩梅(あんばい)だ。だからか、黒小豆のピュレは“おかず”と言える塩加減だった。インディカ米のような軽い食べ心地の白米と合わせても、とてもおいしくなりそう。
そこに、チリソースをほんの数滴垂らすと、一気に口の中がヒートアップした。でも、ただ辛いだけではない。スモーキーで奥行きのある風味に、ニンニクも効いている。これは、クセになるな。

心なしか、のり巻きを食べるような気持ちで手を止めることなく、チップスにピュレをのせては口に運び、たまにチリソースをちょろっと垂らして、とスローペースで繰り返した。

そんなところへ、細長い店内の奥のテーブルにいたグループがぞろぞろと会計をしに出てきた。結構な人数で十数人だろうか。メキシコの人たちのようで、女性はワンピースだったり、男性はワイシャツだったり、みんな少しかしこまった装いだ。“あぁ日曜だし、ミサの帰りにみんなで食事に来たのかなぁ”なんて想像した。フランスで暮らし始めた当初ホームステイをしていた家には、メキシコ人の女子学生もいて、彼女から、メキシコは国民のほとんどが敬虔(けいけん)なカトリック教徒だと聞いたことを思い出したのだ。
その様子に加え、2人だった隣のテーブルには、友人カップルとさらにもう一人が加わって5人になり、おしゃべりと笑いが絶えずにぎやかで、周りに響くスペイン語に、なんだか旅をしている楽しさを感じた。

ふふふ、とまたもやうれしくなっていたところに、お待ちかねのタコスが登場。牛リブロースのスペシャル版には、たっぷりのワカモレソースがかかっている。添えてあるライムを全体にぎゅっと搾りかけ、ひと口。ボリュームは確かにあるけれど、脂っこい印象はなくさっぱりしている。そして、余計な味付けが何も施されていない生地も、素朴な味わいで実においしい。
お次は3種盛り。まずは、カリフラワーのローストが主役の一つから。下に塗られたソースはコクがあり、同時に、葉野菜っぽさ感じた。何かがベースでハーブが盛りだくさん?と思ったら、ピスタチオベースにホウレン草を加えたものと分かり驚いた。野菜のローストがこのソースで味に膨らみを増す。

2種類目は、黒小豆の唐辛子入りピュレと赤キャベツに、生クリームと羊のチーズを散らしたもの。黒小豆のピュレは、前菜とほぼ同じようだった。軟らかい生地ともよく合う。
最後に、一番味の濃そうな牛肉と羊肉を2種の唐辛子で煮込んだバージョンを。こういう、じっくり煮込んだ肉をほぐしたおかずっていろんな国にあって、どこのものでもおいしいよなぁと、ますます旅をしたくなる味だった。
そして、いずれのタコスを食べても、タマリンドジュースを飲むと口の中がリセットできた。聞いたら、タマリンドにアガベシロップを加えて水で薄めただけという。これこそ現地で飲んでみたいなぁ。
そうそう、チリソースにはグリルしたトマトを加えているそうだ。それであの深みが出るのか。あのソースは自分でも作ってみたい。でもまずは、すでにトトポスが食べたくて仕方ないから、バカンス明けに、また行こう。
からの記事と詳細 ( バリッの後はサクサク、やみつきトトポス。メキシコ料理で夏休み気分!/Café Chilango - 朝日新聞社 )
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