とにかく最近のトラ番は元気いっぱいなのだ。当然だろ、まだ1度も負けていないんだから。誰だ、すぐそういうコトをいうヤツは。
「確かにわれわれの心のなかも桜満開です。オドオドなんかしてませんョ。これって明らかに佐藤輝効果もあります」とキャップ長友孝輔。そうだろうなぁ、ここんとこ手酌酒でさぁ、冷蔵庫をかきまわして骨付き肉があったので酒のアテにして、家族が絶叫するんで気がついたが、やけに固いと思ったら愛犬のエサをガブリとやっちまってた。それでもオイチイんだものなぁ。
さて巨人・大鵬・卵焼きの頃。1971年だ。阪神・江夏豊投手が、7月にひょいと甲子園の通路で声をかけてきた。
「球宴で誰もやったことない記録って何や?」
当時の江夏は大不調で6勝9敗。何をとぼけたことを…と思いつつ「そりゃ9人全部三振に料理することだ」といえば「ほな、それいこ!」という。電車のキップを買って梅田に行くのとはわけが違う。あまりに現実味がないから、デスクにも報告しなかった。
だけど、あまりにこともなげに豪語するから、念のために地方版の雑感ネタで書いたけど…。
7月17日に西宮球場の球宴第1戦で江夏は有藤-基-長池-江藤-土井-東田-阪本-岡村-加藤と、知る人ぞ知る全パの強力打線を鬼神のごとく三振に片付けたのだ。筆者は記者席で「あいつは本気だったんだッ!」と叫び、中央に座ってらした鈴木龍二セ・リーグ会長ににらまれた。
のちに東京出張の時、六本木で偶然に江夏と出会い、当時酒を飲まなかった江夏と「コーヒーでも呑もか」となった。
話は当然、9連続三振の快投になった。おい、あの時、そんなに自信があったのか? と聞けば江夏は「ああ、実はあの前夜もマージャンをやってたんやでぇ」という。それより筆者が驚いたのは「あの加藤秀の打球がファウル。瞬間、キミは『捕るな!』と叫んだと俺たちは書いたが、実は『追うな!』と叫んだらしいな」といえば、彼はニタリとしてそやないと9連続にならんやろ、という。そして…。
「投球のリズムを崩したくなかったんや。それより俺があの時にブチ(田淵)やんに驚いたのは、他にあるんや」
結局、江夏は自ら決勝3ランを放ち、前人未到の9連続三振をやってのけたのだが、最後の空振りの1球を田淵幸一は「まるでいつもの公式戦のようにポイッと投げて、ベンチに戻っていこうとした」のだ。
大急ぎでその記念のボールを拾って届けてくれたのが、一塁手の王貞治選手(現ソフトバンク球団会長)だったことは意外と知られていない。
チト冷たいではないか? と思ったと後日、江夏に聞いた。しかし、時間がたつにつれて彼はそういうスケールのデカい(懐の深い)田淵幸一という「相棒」の存在こそが、カミソリのようにピリピリとしていた江夏豊の快挙のメンタリティーをオブラートで包んでくれていたのだと思った…とシミジミと語ってくれた。
さて、我らが矢野阪神の大河ドラマの舞台は広島に移動する。
ホンの少し佐藤輝のバットの芯からセの投手の配球はズレがのぞき始めたのだろうか。
「そんなの心配ないですョ。やがて、そろそろ今度は佐藤輝の出番ですから」。キャップ長友孝輔は広島に移動しながら電話口でキリッとそう言い切った。
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